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最後の土壇場まで連合軍の空襲は続く。往生際の悪い大日本帝国だから当然の攻撃続行だろう。
だが、その結末は悲惨だった。
午前9時頃、米空母ヨークタウンから飛来したF6Fが、第302海軍航空隊の森岡寛大尉操縦のゼロ戦との空中戦で撃墜される。
午前10時、英空母インディファティガブルから飛来したシーファイヤー戦闘機が、茂原海軍基地を飛び立った田村薫上飛曹操縦のゼロ戦と空中戦になり、双方墜落する。
英空軍のFred Hocklay海軍少尉は千葉県の水田にパラシュート降下して警防団員らにより捕虜となる。彼は東村国民学校に駐屯していた教育隊に引き渡された後、午後(玉音放送の後)、426歩兵連隊司令部へ送られる。その夜、連隊の兵士によって、一宮市街地の南の山中へ連行され、処刑される。
戦後、香港でのイギリスの戦犯裁判で、処刑を示唆した平野昇少佐と、それを受け入れた田村禎一大佐が絞首刑、処刑実行者の藤野政三大尉が懲役15年の判決を受ける。
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